今年(98年)の3月に、ある方から「ピアソラによる『リベルタンゴ』の決定版の演奏はどれか探している」というメールをいただきました。その時点では私なりの見解を持っていなかったため、聴き比べてそのうちお知らせする、とご返事していたのですが、あれから早8ヶ月。その間毎日のようにこの曲の録音を聴き比べ(大ウソ)、決定版を選ぶというよりは各録音についてのコメントの形でようやく文章をまとめる事が出来ました。サントリーのコマーシャルでヨーヨー・マの演奏によりこの曲を知った方も、ピアソラ自身の演奏を知るためにもご一読を。
さて、曲そのものについておさらいしておきましょう。ピアソラは1974年、自身の新たな活動の場を求めてイタリアに渡りました。それまでの五重奏などの演奏スタイルを捨て、ドラムスやキーボード等を大胆に導入した新たな試みを始める事になるのですが、そのイタリア期最初のアルバムが「リベルタンゴ (Libertango)」だったのです。タイトルは libertad (自由) + tango (タンゴ)に由来する造語です。
今回私が聴いたのは以下のアルバムに収録されている録音です。
この曲のオリジナル録音です。楽器編成はピアソラのバンドネオンのほか、エレキギター、エレキベース、ドラムス、キーボード、ストリングス等となっており、この時期の前後(60年代および80年代)のピアソラとは全く異なった雰囲気を持っています。
ジャズやロックの手法の導入で、当時としては斬新な音だったはずの演奏も、今聴くと若干古臭い感じも否めません。16ビートのハイハットの刻み、ドラムスのフィルイン、終盤近くのエレキベースのアドリブ風フレーズなど、いかにも70年代ではあります。とはいえ、この曲の力強さ、壮大さは、そして何よりピアソラ自身の意気込みは、この演奏が一番よく表していると思います。
なお、上記のCD番号は私の手持ちのものですが、原盤はイタリアのカローゼッロです。各国各社から再リリースされている一方で、『リベルタンゴ』と題されたライブ盤や編集盤も多数あり、注意を要します。収録曲が
LIBERTANGO / MEDITANGO / UNDERTANGO / ADIOS NONINO / VIOLENTANGO / NOVITANGO / AMELITANGO / TRISTANGO
であるものがこのアルバムです。また、入手が容易なものとして、サリー・ポッターの映画「タンゴ・レッスン」のサウンドトラック(ソニー、SRCS8461)にも同じ録音が収められています(ちなみにこのサントラには、ヨーヨー・マの演奏も彼自身のアルバムとは違うバージョンで収められています)。
75年、ピアソラは、イタリア人ミュージシャン中心のスタジオ録音とは別に、ライブ活動のためのグループを結成しました。メンバーは全員アルゼンチン人で、コンフント・エレクトロニコ(エレクトロニック・グループ、エレクトロニック・バンドといった感じでしょうか)と呼ばれているものです。残念ながらこの編成でのスタジオ録音は残されておらず、今私達が聴けるのは海賊版の匂い漂うこのライブ・アルバムのみです。
アルバム1曲目に収められた「リベルタンゴ」は、スタジオ録音よりだいぶ突っ走った感じです。終盤にはオリジナル録音にはなかった展開も付加されており、迫力で押し切ろうという工夫が見られますが、ノリが今一歩でちょっと残念です。
なお、いろいろなレーベルからこのグループのライブ録音がリリースされていますが、どれも全く同じ音源のようですのでご注意を*。上記は一番最近出たもので、98年暮れ時点では比較的入手が容易です。録音バランスが今一歩ですが、2曲目以降は演奏も悪くないと思います。特にアダルベルト・セバスコのエレクトリック・ベースが随所で活躍していて、なかなかかっこ良いです。
ピアソラのヨーロッパでの活動は78年に終止符を打ち、キンテート(五重奏団)が再編されます。メンバーはピアソラ(バンドネオン)のほか、フェルナンド・スアレス・パス(バイオリン)、エクトル・コンソーレ(コントラバス)、パブロ・シーグレル(ピアノ)、オスカル・ロペス・ルイス(ギター)。その新生キンテートの比較的初期のライブ録音がこのアルバムです。「リベルタンゴ」はアンコールとして演奏され、この曲のみドラムス、フルート、もう一人のバンドネオンが加わります。
非常に熱い、スリリングな演奏で、ひとこと「かっこいい」に尽きます。特にロペス・ルイスのギターのカッティングは凄まじいものがあります。
なお、このアルバムは、スペイン盤の2枚組ライブ・アルバム CONCIERTO PARA QUINTETO (ALFA, AF-CD 5〜6) がオリジナルだそうです*。
ページの先頭へキンテートの83年から84年にかけてのライブ録音で、3のように他のメンバーは加わりません。
ピアノによる導入部の後、バイオリンからバンドネオンへと主題が受け渡され、全体の強力なアンサンブルへ、という流れはいずれの録音でも同じです。特にピアノがこのアレンジの要で、導入部、終盤でのソロ、そして全体のリズムのサポートと大活躍しています。
打楽器がいない分、16ビートをどう表現するかがこの編成でのポイントと思われますが、上記のピアノとギターのカッティングが頑張っています。とはいえ、熱くなって突っ走ると若干リズムの乱れが見られるのも事実ではあります。
4〜7の中では、4が録音、演奏とも傑出しており、6は録音が今一歩ながら演奏は4に次ぐ出来です。5は「並み」ですが、7は特に曲の頭で音質劣悪です。
* 斎藤充正著『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』の記述による。