先ごろ来日して全国各地で素晴らしい演奏を繰り広げてくれたオルケスタ・エル・アランケ。今回は、彼等を中心に若手、新進のタンゴ・グループの中で興味深いものをいくつかご紹介します。いずれも、古典と呼ばれる1920年代ごろまでの作品や、ピアソラが活躍する直前の1940〜50年代の作品を、若い世代ならではの感性で現代に蘇えらせる演奏活動を行っています。
まずはやっぱり彼等から。来日公演に行かれた方にはもうあまりご説明の必要もないかもしれません。若手タンゴ・グループの筆頭と言える実力派です。1996年に結成されたこのグループは、タンゴにおける標準的な演奏形態のひとつである六重奏(bn x 2、vn x 2、pf、cb)にギターを加えた7人編成で、1996年に結成されました。特にリーダーを決めてはいないようですが、ラミロ・ガージョ(vn)、イグナシオ・バルチャウスキー(cb)が中心人物と言えそうです。グループの名前はフリオ・デカロの作品「エル・アランケ」という曲に由来しており、「始動」「出発」「開始」というような意味を持っています。
1998年には1枚目のCD "Tango" (Vaiven, 425.086,アルゼンチン盤,「タンゴの新星〜オルケスタ・エル・アランケ」としてラティーナが輸入、販売)を発表。彼等の原点「エル・アランケ」をはじめとして「ロレンソ」「銀狐」「あざみ」などの古典タンゴを演奏しています。どっしりと安定感があって力強い演奏は既に実力派の面目躍如。初めて聴いた時は堅実にすぎるような気もしましたが、今聴き返してみるとやっぱり良いです。
その後もダンスホールでの演奏や海外公演などでますます演奏に磨きをかけた彼等は2001年に2枚目のアルバム"Cabulero" (BAM/EPSA, 17162,アルゼンチン盤)をリリースしました。これははっきり言って傑作です。曲目は1枚目よりも少し時代が下って1940〜50年代ごろのものが中心。当時の作品の持つ渋みや適度な現代性(タンゴの世界では40年代は現代なのです)が彼等の持ち味の力強さとうまく噛み合っています。オリジナリティあふれるアレンジも秀逸で、タイトル曲のほか「タコネアンド」など素晴らしいの一言。またアルフレド・ゴビの幻の作品「贖罪」は、埋もれていたゴビ楽団のための譜面を再現したもので、感動的です。
そして今年2002年の来日に合わせてリリースされたのが3枚目のアルバム「タンゴ新たなる旅立ち」(ビクターエンタテインメント, VICP-61708,原題は"TANGOS ETERNOS 2002")。来日公演をある程度意識して「カルロス・ガルデル・セレクション」や「エル・チョクロ」「淡き光に」「カミニート」「さらば草原よ」「ラ・クンパルシータ」など、超有名曲を揃えていますが、アレンジや演奏には彼等らしいオリジナリティがあり、力強いスタイルも健在。タンゴ・ファンには聴き慣れた(聴き飽きた?)曲も新鮮に響きます。またベテランのバンドネオン奏者カルロス・パソが彼等のために作曲した「エル・アランケのために」も収録されています。
オルケスタ・エル・アランケのラミロ・ガジョ(vn)、イグナシオ・バルチャウスキー(cb)も参加している実力派揃いの六重奏団(bn x 2、vn x 2、pf、cb)。一応アンドレス・リネツキー(pf)とカルロス・コラーレス(bn)がリーダー格のようです。
現在、1999年録音の"instrumental" (Musipak, MPK13,アルゼンチン盤)が紹介されています。「想い出」「ガジョ・シエゴ」「夜明け」など古典タンゴを中心に超有名曲ばかりが収録されていますが、全10曲中3曲はオマール・バレンテ、1曲はネストル・マルコーニが書いたアレンジが採用されています。この2人、今や巨匠の仲間入りをしていますが、今から30年近く前にはバングアトリオというグループで、古典タンゴをやりたい放題にアレンジして技巧の限りに弾き倒していたのでした。当然ここに使われているアレンジも、かなり大胆なものです。残りの曲はメンバーによるアレンジですが、こちらも先輩同様にかなり凝ったものになっています。かくして好みは分かれると思いますが、重量感とスピード感を兼ね備えた演奏は迫力十分で聴き応えがあります。
ちなみに、彼等はハイメ・ウィレンスキーという作曲家の作品を集めた"Pasión en Tango" [Pasion en Tango] (Musipak, MPK10)というアルバムでも約半分の曲を演奏しています(実は私は未聴ですが)。
"Pasión en Tango" [Pasion en Tango]のレーベル名に誤記がありましたので修正しました(Musikpak→Musipak)。また、"instrumental"にも1曲だけウィレンスキーの作品が収録されていることを付記しておきます。
上記ネオタンゴでもリーダー格のアンドレス・リネツキー(pf)が率いるこのグループは、bn x 2、vn x 2、pf、cbという標準的な六重奏にさらにギターを2本加えた8人編成です。若手女性歌手のビクトリア・モランを迎えてのアルバム"danzaMaligna" (EPSA, 17465,アルゼンチン盤)は同名のタンゴ・ショーの音楽を収録したもので、今年(2002年)のリリース。曲目は古典曲が中心で、しかもあまり有名でない曲が大半を占めています。アレンジは、「ガジョ・シエゴ」や「夜明け」などの有名曲は思い切り凝って、それ以外は比較的シンプルに、というメリハリの効いたアプローチとなっています。若々しい感性を生かした力強い編曲と演奏、ステージ上の様子が目に浮かぶような構成のいずれもが素晴らしいアルバムです。
ピアソラという人は極めて強い個性と高い音楽性でタンゴにたいへん多くのものをもたらした人です。しかしながらその個性と完成度ゆえに、彼の路線の延長上を歩もうとした後続の音楽家たちの多くは、必ずしも成功しているとは言い難いものがあります。
そんな中、エル・アランケのような一番新しい世代の音楽家たちは、ピアソラの偉大さには敬意を表しつつもそれに束縛されることなく、自分たちの個性に合った表現を模索し始めたのでしょう。そして到達したのが1950年代ごろまでの作品を独自にアレンジする、という方針なのだと思われます。もちろんそこで完結してしまうなら、あまり前向きな姿勢とは言えないかもしれません。しかし、彼等にはそこで創り上げた表現手法を活かしてオリジナルな作品にまで発展させる力は十分にあると思われますし、ファンとしてはそうなってほしいと願っています(既に上記のグループのアルバムにも何曲かはメンバーのオリジナルが含まれます)。
ところで、ふと思ったのですが、これまであまりタンゴに馴染みのなかった人にとっては「古いタンゴを若い世代ならではの感性で現代に蘇えらせる演奏活動」と言われても、そもそもどこまでがオリジナルでどこからが彼等の感性によるものなのか、どこが凝ったアレンジなのか、などの見当がつかないのではないでしょうか。というわけで、次回はタンゴのスタンダードを概観する助けとなるCDをいくつかご紹介しようと思います(結構難しい選択なんですけどね…)。
(2002年4月21日作成)