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一風変わったピアソラ・トリビュート〜行きあたりばったり音楽談議(6)


よしむらのページ : 雑文いろいろ : 一風変わったピアソラ・トリビュート〜行きあたりばったり音楽談議(6)


はじめに

今回は予定を変更して、6月21日に発売された、ちょっと変わった雰囲気のピアソラ・トリビュート・アルバムを紹介します。リターン・トゥ・フォーエヴァーの続きは次回必ず書きますので、少しお待ち下さい。

女性歌手シルヴァーナ・デルィージとキップ・ハンラハンによるピアソラ・トリビュート

経緯は省きますが、(株) イーストワークス・エンタティンメントのIさんという方から、女性歌手シルヴァーナ・デルィージの最新アルバム"Yo!" (イーストワークス、EWAC-1025)のサンプルを戴いてしまいました。1980年代のピアソラの傑作アルバム「タンゴ・ゼロ・アワー」「ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」「ラ・カモーラ」をプロデュースしたキップ・ハンラハンがプロデュースを担当した、ピアソラへのトリビュート・アルバムとのことで、なかなか面白そうな予感です。

シルヴァーナはブエノスアイレス生まれで、声楽を学びながらパリに移住、そこでフアン・ホセ・モサリーニに見出されてタンゴを歌うようになり、ヨーロッパを中心に活動しています。バックのメンバーは1980年代のピアソラ五重奏団のメンバーだったパブロ・シーグレル(pf)、フェルナンド・スアレス・パス(vn)、オラシオ・マルビチーノ(g)、キップ人脈の重要人物で「ラフ・ダンサー…」にも参加していたアンディ・ゴンサーレス(cb)、さらに1970年代にピアソラとの共演歴があり、最近ではモサリーニとの活動でも有名なグスタボ・ベイテルマン、オスバルド・カロー(いずれもpf)、ECM系などで大活躍のスティーヴ・スワロウ(el-b)、若手有望株のワルテル・カストロ、オラシオ・ローモ(いずれもbn)などなど、凄腕、かつひとクセありそうなメンバーが揃っています。

さて、一聴してみて、オープニングのけだるいテンポと壊れそうな響きの「ラ・クンパルシータ」から、その独特の雰囲気に惹き付けられました。シルヴァーナの歌声は漂うようで、時に演奏の中にその一部として溶け込んでしまいながら、一方では力強さも兼ね備え、不思議な存在感でいつの間にか聴く者の耳にしっかり残ってしまいます。収録曲はバラエティーに富んでいて、タンゴに限らずブラジル音楽、ロックなどまでさまざまなジャンルの曲が取り上げられているのですが、アルバム全体を覆う妖しい空気と不思議な美しさは一貫しています。

個人的に印象に残ったのは、冒頭の「ラ・クンパルシータ」、カルロス・ダレッシオ(「デリカテッセン」などの映画音楽でも有名なアルゼンチン出身の現代音楽作曲家とのこと)によるミニマル・ミュージック「ソニャーモス・エル・タンゴ」、しみじみ胸に迫るアタウアルパ・ユパンキ作「ラ・ギターラ」とセファルディ(スペイン系ユダヤ人)民謡「ア・ラ・ウナ・ジョ・ナシ」、ダークな雰囲気に仕上がったタンゴ「マキジャーヘ(化粧)」、シコ・ブアルキ作の美しい「テ・アモ」、ジャック・ブルースとピーター・ブラウンによる"Out into the Field"のスペイン語版「ソブレ・ラ・ティエラ」、パブロ・シーグレルの名作にエラディア・ブラスケスが詞を付けた「ミロンガ・エン・エル・ビエント(風の中のミロンガ)」などなど...。また、オラシオ・マルビチーノの作品で1950年代にピアソラ率いるブエノスアイレス八重奏団で演奏された「タンゴロジー」、ピアソラ作で「ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」に収録されていた「ミロンガ・フォー・スリー」は歌なしのインストゥルメンタルで収録されています。

ただ、正直なところ「この曲目、この演奏で、ピアソラへのトリビュートというのは本心だろうか」といった疑問を感じたのも確かです。これについて、一度は「そんな謎もこのアルバムのカラーなのだ」と納得しそうになりました。しかし、雑誌「ラティーナ」の7月号に掲載されたキップ・ハンラハンの文章を読んで、思いは変わりました。

キップによれば、ピアソラのタンゴへの想いは、ニューヨークでピアソラの父親が愛聴し、家の中に響かせていた音楽への愛情ということになります。

彼は、父のサウンドを愛していたし、そのヴォキャブラリーを学んで彼自身を描き、父と彼自身との違い、さらに父と父が抱いていた夢への愛憎を書き示すためにそのヴォキャブラリーを使ったのだと、私は思う。

【「アストル・ピアソラの美しいタンゴのスケッチ」(文:キップ・ハンラハン/訳:山崎拡史/文責:イーストワークス、「ラティーナ」2002年7月号掲載)より】

キップもまた、作曲、演奏とプロデュースという違いこそあれ、ピアソラが響かせていた音楽を愛し、そこから受け取ったものを自身の音の世界として再構築しようと試みたのではないでしょうか。その成果のひとつがこのアルバムであり、これはやはりキップ流のピアソラ・トリビュートなのだ、と今は思っています。

一方で、本来主役のシルヴァーナには、ピアソラ・トリビュートという意識はなかったのではないか、とも考えられます。ライナーに寄せられた彼女自身の言葉によれば、

(アルバム・タイトル「Yo!(私!)」について)それは私にとって最もシンプルな表現、音楽的・感情的本質を含む私のもつ全てを盲目的に信頼を寄せるミュージシャン達とプロデューサーの手に委ねてしまう言葉。私は、ともに成長し、愛してきた音楽に新しい視点から立ち向かうため、自分の音楽の決まり事を侵してしまいたい。私にとってキップは、そんなこの世代の持つ欲求を認識し、理解し、録音物へと変容させることの出来る唯一の人間。

とのことで、特にピアソラへの想いは語られていません。しかしながら、慣れ親しんだ世界を新しく構築し直すという作業は、上述のキップの解釈によるピアソラのタンゴへの取り組みとも相通じるものがあり、キップが彼女をこのアルバムの声として選んだのも理解できる気がします。

というわけで

この7月4日に没後10周年を迎えるピアソラへの、一風変わったトリビュート・アルバムをご紹介しました。

なお、文中Silvanaをシルヴァーナと記述しましたが、実は本来のスペイン語読みでは、むしろシルバーナが正しい表記です。ただ今回は、リリースされた国内盤CDでの表記がシルヴァーナであること、また彼女自身が現在フランス、ドイツ、アメリカなどで活動しており、これらの国では"v"と"b"は区別されること、などからシルヴァーナで通しました。

さて、更新のペースがかなり落ちていますが、ワールドカップも大詰めですし、また徐々にペースアップして行きたいと思います。次回は、今回予定していたリターン・トゥ・フォーエヴァーの続きを書くつもりです。

(2002年6月26日作成)

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