10月1日(1999年)にリリースされたこのアルバムは、特別編成の「スーパー・ノネット(九重奏団)」によるものです。今年初春にツアーを行って大好評だったこのグループの最大の目的は、アストル・ピアソラがタンゴに最初の革命を巻き起こした「オクテート・ブエノスアイレス(ブエノスアイレス八重奏団)」(1955〜1958)の音を現代に再現する、ということなのですが、期待を上回る素晴らしい出来映えのアルバムと言えます。
現在(1999年10月)スーパー・ノネットはアルバムを携えて再度のツアー中です(ツアー情報はコンサートイマジンのホームページへ)。
ここで、オクテート・ブエノスアイレスについて簡単におさらいしておきましょう。1954年にフランスに留学し、ナディア・ブーランジェの元でクラシック音楽を勉強していたピアソラは、ブーランジェの助言により自らの本分はタンゴにある事を悟ります。そして、弦楽オーケストラによるパリでの自作の録音を経て1955年にアルゼンチンに帰国したピアソラが結成したのがこのオクテート・ブエノスアイレスなのです。
バンドネオン2、ヴァイオリン2、チェロ、コントラバス、ピアノ、とここまでは普通にタンゴで使われる楽器なのですが、ここにピアソラはエレクトリック・ギターを加えます。もちろん当時のことですから歪んだロックギターではなく、比較的クリーンなジャズギターではありましたが、いずれにせよタンゴ界では前代未聞の冒険でした。レパートリーの自作の比重を抑え、他者の作品を複雑難解なアレンジで大胆に解体、各楽器の即興性を重視した奔放な演奏、というきわめて挑戦的な試みは、パリで聴いたジェリー・マリガンの八重奏団に触発されたものです。しかしながら、少数の熱い支持を得た以外は全く商業的に成功せず、わずか3年で解散に至ります。
さて、冒頭にも述べたように、当時のオクテート・ブエノスアイレスの音を40年余りを経た現代の聴衆に改めて問うてみよう、というのが今回の小松亮太の試みです。 ポイントの一つであるバンドネオン2台の複雑な絡みを実現するため、小松はアルゼンチンから若手の優秀なバンドネオン奏者ポーチョ・パルメルを呼び寄せました。そしてもう一つの重要なポイントであるギターには鬼怒無月を起用。自身のグループ「コイル」などでは超重量級のロックを弾きまくっている鬼怒は、クリーントーン、ディストーション、アコースティックを使い分けつつ、1955年当時のオラシオ・マルビチーノ同様、あるいはそれ以上に一種の違和感すら伴うインパクトをもたらしています。 さらに弦セクション、ピアノ、ベースにも精鋭を揃え、複雑で即興性の強い編曲を見事に再構築することに成功しました。
なお、収録曲のうち1, 2, 3, 6, 7, 9が問題のオクテート・ブエノスアイレスの編曲を再現したものです。特に1, 3, 6, 9は同グループの最初のアルバム『タンゴ・プログレシーボ』に収録されていたものですが、このアルバムは1956年のリリース以後一度も再発されておらず(実は私も聴いた事がない)、歴史的価値も重要です。2, 7は2枚目のアルバム『タンゴ・モデルノ』に収録されていたもので、こちらのオリジナルは"OCTETO BUENOS AIRES"というタイトルで複数の会社からCD化されており、入手は容易です。
オクテート・ブエノスアイレスのレパートリー以外では、8, 11がピアソラ作品、また4, 5はピアソラ以外の現代につながるタンゴ、10, 12はピアソラに触発された新旧日本人作曲家の作品です。
ところで、帯やライナーでは収められている曲の事を「粋でシャレていた」時代のタンゴ、という捉え方をしていますが…うーん、そんなに軽くないと思うぞ。