Viaje de Tango 第7回 エドゥアルド・ロビーラ
2021年10月17日に放送された「Marcy & Magi の Tango en Tokio」の中のコーナー「吉村俊司の Viaje de Tango」第7回 エドゥアルド・ロビーラ、事前メモの公開です。
大ヒット上映中の映画『マスカレード・ナイト』でロビーラが編曲した「バンドネオンの嘆き」 (演奏は小松亮太) が使われており、それを記念して今回の特集となりました。
当日の放送でも言ったのですが、ピアソラとは異なる形でタンゴの革新を志しながら、商業的な成功とは無縁で一般にはほとんど認知されていなかったロビーラの音楽が、本人の没後41年を経て日本全国の映画館に鳴り響く、というのは何とも痛快です (と言いつつまだ観てないのですが)。
目次
エドゥアルド・ロビーラ Eduardo Rovira 略歴
- バンドネオン奏者、作・編曲家、楽団指揮者
- 1925年ブエノスアイレス近郊のラヌース生まれ
- 9歳でフランシスコ・アレシオ楽団のバンドネオン奏者としてデビュー
- 以後ビセンテ・フィオレンティーノ、フロリンド・サッソーネ、アントニオ・ロディオ、ミゲル・カロー、オスマル・マデルナらの楽団に参加
- 1946年アニバル・トロイロ楽団に呼ばれるも兵役で断念、その後ホセ・バッソ楽団に参加
- 1949年歌手アルベルト・カスティージョの伴奏楽団を指揮
- 1951年には自身の楽団を率いてラジオ出演、ポルトガル、スペインへも赴く
- 1954年には勉強のためパリへ (ピアソラがブーランジェに学んでいたのと同じ時期)
- 1956年アルフレド・ゴビ楽団に参加、「エル・エンゴビアーオ」作曲 (参考:Viaje de Tango 第4回 アルフレド・ゴビ)
- 1957年歌手アルフレド・デル・リオとデル・リオ=ロビーラ楽団結成、「バンドネオンの嘆き」はこの時の演奏
- 1959年オクテート・ラ・プラタへ編曲提供、オスバルド・マンシ楽団に参加、ロス・クアトロ結成、カルロス・フィガリ楽団に参加
- 1960年《アグルパシオン・デ・タンゴ・モデルノ》(現代タンゴ集団) 結成、バンドネオン+弦楽四~五重奏+ピアノ+コントラバスの編成で活動
- 1965年バンドネオン+ギター+ベースのトリオで活動
- 1970年タンゴから離れてラ・プラタ市でクラシック作品の作曲、警察のオーケストラの指揮等
- 1975年《アグルパシオン・デ・タンゴ・コンテンポラーネオ》(こちらも意味は現代タンゴ集団)の名の四重奏でアルバム『ケ・ロ・パーレン』録音
- 1980年ラ・プラタ市で心臓発作により死去、享年55歳
ロビーラの音楽と人間性
- バロックから現代までのクラシック音楽への憧れと影響が絶大
- 60年代後半のトリオではジャズの影響も
- 幽玄、透明、クール
- 商業的な成功とは無縁だったが、一部に熱心なファンもいたらしい
- 内向的な性格ながら、結構口が悪かった
- ダリエンソが亡くなったときに「ダリエンソが死んだ?生き返らないように気をつけよう」と言ったらしい (私が雑誌で見た言葉はもっと辛辣だった記憶もある) 参考:小松亮太オフィシャルブログ「タンゴは俺にまかしとけ」- 世界一押しつけがましいタンゴアーティスト列伝vol.5
- ピアソラとは密な接点はなかったものの互いに存在を認めていた
楽曲
- A Evaristo Cariego エバリスト・カリエーゴに捧ぐ / オスバルド・プグリエーセ楽団
- 最もよく知られたロビーラの作品、ステージダンスでもよく使われる
- プグリエーセ楽団の演奏はドラマチック
- ロビーラの作品のテーマを生かしつつ独自の物語に仕立て上げた演奏
- A Evaristo Cariego エバリスト・カリエーゴに捧ぐ / トリオ・エドゥアルド・ロビーラ
- 同じ曲の自作自演
- 1965年リリース
- シンプルで、勝手な感情移入を拒むようでありつつ、言い様のない魅力に溢れた演奏
- Contrapunteando コントラプンテアンド (対位法で) / エドゥアルド・ロビーラと現代タンゴ集団
- 1964年頃の録音
- バッハ等のバロックの時代の主流だった音楽技法をそのまま曲名にしたもの
- 複数の声部が対等に独立性を持つように作曲
- この時期のロビーラの作品には他に「セリアル・ドデカフォニコ」(十二音階) という、シェーンベルクの現代音楽の技法をタイトルに持つ曲もある
- Sónico ソニコ (音速で) / エドゥアルド・ロビーラと現代タンゴ集団
- 楽団名は上と同じだが編成は「エバリスト・カリエーゴに捧ぐ」と同様のトリオ (メンバーは異なる)
- 1968年録音
- バンドネオンにマイクを仕込んでアンプを通して鳴らしており、エフェクターも使用 (時折音がワンワンワンとなる部分が「トレモロ」によるエフェクト)
- クールでアヴァンギャルド、タイトル通りの超絶高速フレーズ
- Que lo paren ケ・ロ・パーレン (やつを止めろ) / エドゥアルド・ロビーラと現代タンゴ集団
- 1975年の四重奏《アグルパシオン・デ・タンゴ・コンテンポラーネオ》による録音
- 「ソニコ」のような過激さはないが、ロビーラらしいクールさとクラシック趣味が交錯
- 1960年代にも活動を共にしていたレイナルド・ニチェーレのバイオリンが美しい
- Majo mafu マホ・マフ / エドゥアルド・ロビーラと現代タンゴ集団
- 上と同じ1975年の録音
- 透明な美しさに溢れた音楽
音源
いつものように Spotify のプレイリストにまとめました。
1~4は放送で使用したものです。残念ながら「ソニコ」「マホ・マフ」は Spotify にはありませんでした (YouTube 等に非公式にアップされたものについては検索で探してみてください)。5は『マスカレード・ナイト』で使用された小松亮太楽団の「バンドネオンの嘆き」、6は同曲のデル・リオ=ロビーラ楽団の1957年の録音です 。7の「ソニコ」は放送で使用したトリオ版ではなく1961年の弦やピアノとのアンサンブルのバージョン、8は「コントラプンテアンド」のメモでも言及した「十二音階」です。
放送後
放送前後の Facebook への投稿を見た方からメッセージが届きました。発信者はなんとロビーラの音楽を専門に演奏するベルギーのグループ《Sonico》のコントラバス奏者 Ariel Eberstein さん。「お前はロビーラの専門家か?」と問うので、いやいやそんな大層なものでは、と思いつつ「1980年代から巨匠ロビーラのファンだ」と答えてみたり。まさかの新たなつながり、嬉しいですね。
こちらは彼等が演奏する「ソニコ」。放送で使用したトリオ編成のバージョンに一部独自のパートを加えたものです。かっこいい!
他に彼等はクアルテート、オクテートでも演奏しています。ぜひ彼等の web サイトを訪れてみてください。
最新アルバムではロビーラに加えてピアソラの楽曲も演奏しています。
Marcy さんによるツイートまとめは、アップされ次第ここにリンクを貼ります。
そしていつものお知らせです。コマラジには番組サポーターという制度があって、一部の番組については月額550円で応援することができます。「Tango en Tokio」もそのシステムの対象で、サポーターになると過去に放送されたアーカイブが聴き放題なんです (特典は番組によって異なります)。今から登録しても、過去に私が出た回も聴けます。というわけで、これを機会にこの番組を応援してみようかな、という気分になった方がいらっしゃいましたら、ぜひ募集ページ 集まれー!コマラジ番組サポーター をのぞいてみてください。
そこまではまだ決心がつかない、という方は、ぜひ次回放送を聴いてみてください。番組自体は毎週日曜正午からやってますので、思い立ったらぜひ直近の日曜に。聴き方についてはマーシーさんのブログの「ラジオの聴き方」をご参照ください。
卓球好き、音楽好きです。飲み食い好きが高じて料理もします。2024年ソニーグループ(株)を退職し、同年より(株)fcuro勤務のAIエンジニアです。アルゼンチンタンゴ等の音楽について雑誌に文章を書いたりすることもあります。
なお、当然ながら本サイトでの私の発言は私個人の見解であります。所属組織の方針や見解とは関係ありません (一応お約束)。
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“Viaje de Tango 第7回 エドゥアルド・ロビーラ” に対して1件のコメントがあります。