タンゴ探しの旅~二つの川を渡って~ (2024/06/15 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)

私が普段聴くタンゴはアルゼンチンタンゴですが、実はフラメンコにもタンゴと呼ばれるリズムがあります。元々直接のつながりはないと言われる2つのタンゴ、でもそのルーツを辿ると全く無関係とは言い切れないものでもあります。

その2つのタンゴを巡る興味深い公演に行ってきました。

野村眞里子さんのプロデュースによる創作フラメンコ公演です。プログラムの裏表紙には…

Marcy & Magiのお二人!そう、このお二人が重要な役を演じ、さらに演出補・振付も担当されていたのです。内容についてはチラシにあった説明を引用します。

これまでまったく別物と考えられてきたフラメンコのタンゴとアルゼンチンタンゴ。しかし、今日ではその生成の段階でなんらかの関係があったと考える方が普通である。

本作は、一人の少年が消えた母を探す旅の途中でこの2つのタンゴに出会い、成長する物語である。サブタイトルにある2つの川とは、アルゼンチンとウルグアイに横たわるラプラタ川、スペインアンダルシア地方グラナダのダロ川のことである。

創作フラメンコ公演の形をとりながらも、歴史的・地理的・音楽的考察をも含んだ内容としたい。そして、フラメンコやアルゼンチンタンゴを愛するすべての人々へ、「タンゴとは何なのか」という問題提起になることを願っている。

野村眞里子 (公演チラシより)

実際のステージは、Marcy & Magiの踊る「リベルタンゴ」~「タンゴ・フラメンコ」でスタート。二つのタンゴを結びつける象徴として幕開けにふさわしい演奏と踊りでした。何より「リベルタンゴ」のアレンジのかっこいいことと言ったら。

以後、ストーリーに沿って様々な楽曲が演奏され、歌われ、踊られます。せりふはほんのわずか。配布されたプログラムを事前に読んでストーリーを把握していたことで各場面の意味するところはわかりましたが、それがなければ話の内容からは置いて行かれた可能性があります。一方で個々の場の内容の濃さは圧倒的で、ストーリーから離れても十分な満足が得られるものだったと思います。

タンゴ好きである者の目で観ていて改めて興味深かったのが、フラメンコとアルゼンチンタンゴのそれぞれのダンスでのリズムの捉え方でした。個人的な感覚では、フラメンコはリズムを点でとらえているように感じます。ギター、パルマ (手拍子)、サパテアード (靴音でリズムを打ち出すこと) に一切のずれがなくぴったりと一致していることで、踊りは美しくかっこよく見えます。もちろんそこに加わる手の動き、身体全体の動きは点からの広がりがありますが、基本は点のリズムなのではないかと思うのです。そういえばかつて観た映画『パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト』でも、ダンサーがパコから「毎日メトロノームを使ってずれがないように練習しろ」と言われた、というシーンがあったように記憶しています。

一方でアルゼンチンタンゴにおいては、リズムは線、もしくは面として捉えられているように見えます。タンゴの楽曲自体、特にフリオ・デ・カロの系譜につながる楽団においてはテンポは一定でもリズムは一小節の中で伸縮しますし (一般的に1、3拍目が食い気味、2、4拍目が溜め気味)、強烈なスタッカートで刻まれているようでいて前後に引きずるような要素があったりします。そしてダンスにおいては、それぞれの拍の点を強調するような動きはあまり見られません。これはタンゴがペアダンスであることとも大きな関係があるように思えます。私自身は踊らないのであくまで観ていて思ったことですが、リズムはペアの二人が互いの重心の動きを感じるその感覚に宿る閉じた体験であり、それが自然に外に表れたときに観ている人にもエレガントな印象を与える、というようなものではないでしょうか。この辺に他者との身体的接触はないフラメンコとの違い、アルゼンチンタンゴのダンスの特異性があるのではないか…このステージを観ていてそんなことを思ったのでした。

出演者の中で印象的だったのは出水宏輝ファロリートさん。特に第二部での母、異父妹と出会えたことの喜びの感情表現が美しく見事でした。ギターのペペ・マジャ・マローテさんと歌のミゲル・デ・バダホスさんの演奏・歌唱には終始心を鷲掴みにされっぱなしでした。

エピローグの「タンゴ・フラメンコ」で全員が順次踊ったシーンでは、Marcy & Magiのお二人のタンゴダンスがフラメンコのリズムにぴったりはまっていたのが何とも感慨深いものがありました。野村眞里子さんからの「タンゴとは何なのか」という問題提起を受け止めつつ、今後も時々この公演で感じたことを振り返ってみたいと思います。

ちなみに7月22日~28日にはアーカイブ配信もあるそうです。詳しくは下記をご参照ください。

タンゴ探しの旅~二つの川を渡って~

日時:2024年6月15日 18:00~

場所:横浜・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

出演者:

作・構成・演出・振付:野村眞里子

プログラム:

【第1部 東京、そしてブエノス・アイレスへ】

 ◆プロローグ「リベルタンゴ」~「タンゴ・フラメンコ」 Prólogo – Libertango ~ Tangos Flamencos

 1. シギリージャ Siguiriyas

 2. ファンダンゴ・デ・ウェルバ Fandangos de Huelva

 3. ソレア・ポル・ブレリア Soleá por Bulerías

 4. ビダリータ Vidalita

 5. アルゼンチンタンゴ Tangos Argentinos (カルロス・ディ・サルリ楽団「El pollo Ricardo」「Don Juan」)

 6. マルティネーテ Martinete

【第2部 アンダルシアのいくつもの町を経てグラナダへ】

 7. タンゴ・フラメンコ Tangos Flamencos

 8. ギター・ソロ Solo de guitarra

 9. サンブラ Zambra

 10. アレグリアス Alegrías

 11. ラ・カーニャ La Caña

 ◆エピローグ「タンゴ・フラメンコ」 Epílogo – Tangos Flamencos

タンゴ探しの旅~二つの川を渡って~ (2024/06/15 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)” に対して1件のコメントがあります。

  1. yoshimura-s より:

    一部で文としておかしい表現があったので修正しました。

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