Quinteto Lentes『日本発のあたらしいアルゼンチン・タンゴ』 (2024/06/19 東京 座・高円寺2)
ギタリスト、作曲家の大柴拓さんが率いる新しいタンゴバンド、Quinteto Lentes (キンテート・レンテス) の旗揚げ公演『日本発のあたらしいアルゼンチン・タンゴ』に行ってきました。
コンサートに向けて、大柴さんはこんなメッセージを寄せています。
(19世紀末に生まれたアルゼンチン・タンゴは今や世界で、そしてアルゼンチンで一層カラフルで魅力的な音楽に変化したと感じている、という話に続き)
私たち日本のタンゴ・ミュージシャンも今こそ「あたらしいタンゴ」を自らつくり・また古典タンゴの名作を自分たちのアレンジで塗り直し、これらを世界に発信していく側になる時だ!と奮起し、今回の新しいタンゴ五重奏団の結成に至りました。
バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、ギター、コントラバスからなるこの編成は20世紀タンゴの開拓者アストル・ピアソラやオラシオ・サルガンがそれぞれ自身の活動のために生み出したタンゴの王道編成のひとつであり、偉大な財産です。「日本のあたらしいタンゴ」は伝統を無視する訳では決してない・“模倣”ではなく“作り続ける”ことこそ真の継承であり彼らへの最大のリスペクトであると考えたプロジェクトです。難解な現代音楽でもない、より今の私たちに馴染む「日本×アルゼンチン・タンゴ」のかたちを生み出していけたらと考えています。
(後略)
日本発のあたらしいアルゼンチン・タンゴ~に寄せて 大柴拓
ちょっとわくわくしますよね。
レンテスとはスペイン語で「レンズ」「眼鏡」のこと。上のチラシでも奥に眼鏡が見えます。レンズでタンゴを拡大するとか、南米でよく食べられるレンズ豆 (lentejas レンテハス) からのつながりの意味もあるとのことでした。
ちなみに大柴さんはこちらの方。チラシの眼鏡そのまんまの眼鏡をかけ、蝶ネクタイとソックスをアルゼンチンカラーの水色と日本カラーの赤 (ピンクっぽいけど) で揃えてます。お茶目。
でも音楽的には全然お茶目じゃない、というか部分的にはお茶目な部分もありつつも、上のメッセージに顕れているあたらしいタンゴへの強い想いが結実した内容でした。プログラムは第一部、第二部とも前半に既存のタンゴのオリジナルアレンジ、後半に大柴さんの作品が並びます。既存のタンゴに関しては、要所でジュンバ (オスバルド・プグリエーセの楽団が用いた1拍目と3拍目を極端に強調したリズム表現) が炸裂していたのが印象的。伝統的なタンゴの表現を生かしつつも和声や楽器の使い方に多くの新しさが見られ、非常に聴きごたえがありました。フリアン・プラサの作品が「ノスタルヒコ」「パジャドーラ」と2曲入っていたのは、作曲家として共感する部分があったのでしょうか。素朴なワルツ「デスデ・エル・アルマ」は不思議な和声で新たな装いを身にまとい、100年以上前に作られて今なおもっとも有名なタンゴの一つである「ラ・クンパルシータ」はディストーションギターのソロがフィーチャーされてこの日一番尖ったタンゴに生まれ変わっていました。
その「ラ・クンパルシータ」が作曲されて約50年後に、今やクンパルシータ以上に知られる曲となった「リベルタンゴ」が世に出ています。そして今年はその「リベルタンゴ」からちょうど50年で、そろそろ次の世界的ヒットとなるタンゴが出てくる頃、ということも大柴さんから語られました。この日演奏された大柴作品の中にその1曲があるかもしれません。タンゴという形式をリスペクトしつつ、コロナ禍やその後の世界、東京、現代社会など今の自分たちを取り巻く様々なことをモチーフにした楽曲はどれも魅力的でした。西嶋徹さんの強烈な重さを持ったコントラバスのソロがフィーチャーされた「止まない雨」、小林萌里さんの美しいピアノソロがフィーチャーされ、これからの世界への希望が込められた「健やかな春を願う」は、両者のコントラストともに特に印象に残りました。都節音階で作られた「Miyakotango」はリズムにもお囃子のようなとことがあったりして、ステレオタイプな「和モノ」のイメージを逆手に取った面白さでした。
以前、青木菜穂子さんのライブのレビューで以下のように書きました (そういえばこの時のギターも大柴さんでした)。
過去の偉大な巨匠のスタイルの再現というのももちろん価値があることですが、他では聴いたことのない編曲で様々な楽曲を聴けることには別の喜びがあります。ましてその編曲のレベルが非常に高いものであるならなおさらのこと。
Celeste Septet 青木菜穂子七重奏 (2024/03/06 東京・代々木上原 Musicasa)
今回もまた同じ思いであり、加えてオリジナルの「あたらしいタンゴ」に出会えたのはさらなる喜びです。
上々のスタートを切ったQuinteto Lentes。一方で、いきなり「日本発のあたらしいタンゴ」が完成するわけではありません。次の50年を代表するタンゴはもしかすると生まれたのかもしれないけど、それがそのような存在に育つには演奏され続け、聴かれ続ける必要があります。そのためには新たなパワーが必要となることでしょう。聴く側の我々としては、せめて大いなる期待の気持ちを伝えることでその一助となれることを願います。次が楽しみです。
Quinteto Lentes『日本発のあたらしいアルゼンチン・タンゴ』
日時:2024年6月19日 19:00~
場所:東京 座・高円寺2
出演者:Quinteto Lentes
曲目:
【第一部】
- Nostálgico ノスタルヒコ (Julián Plaza / 大柴拓 編)
- Gallo ciego ガジョ・シエゴ (Agustín Bardi / 大柴拓 編)
- Desde el alma デスデ・エル・アルマ (Rosita Melo / 大柴拓 編)
- 止まない雨 (大柴拓)
- Miyakotango ミヤコ・タンゴ (大柴拓) 【初演】
- R246 (大柴拓)
【第二部】
- Payadora パジャドーラ (Julián Plaza / 大柴拓 編)
- La cumparsita ラ・クンパルシータ (Gerardo H. Matos Rodríguez / 大柴拓 編)
- Shizukutango シズク・タンゴ (大柴拓) 【初演】
- 健やかな春を願う (大柴拓)
- 集団 (大柴拓)
【アンコール】
- Koganetango コガネ・タンゴ (大柴拓) 【初演】
卓球好き、音楽好きです。飲み食い好きが高じて料理もします。2024年ソニーグループ(株)を退職し、同年より(株)fcuro勤務のAIエンジニアです。アルゼンチンタンゴ等の音楽について雑誌に文章を書いたりすることもあります。
なお、当然ながら本サイトでの私の発言は私個人の見解であります。所属組織の方針や見解とは関係ありません (一応お約束)。
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