自分の「聴覚」に多大な影響を与えたレコード (9) Leopoldo Federico / Buenos Aires Hoy


Facebook で回ってきたバトン「自分の『聴覚』に多大な影響を与えたレコード」の補足シリーズその9は、レオポルド・フェデリコの『今日のブエノスアイレス』です。フェデリコは現代バンドネオン奏者の最高峰で、晩年までオルケスタを率いて活躍、一方で多くのアーティストの録音にも参加した巨匠です。

Leopoldo Federico / Buenos Aires Hoy (1974, Music Hall) 注:Facebook に載せたジャケット写真は後年リリースされた米国盤 CD で、タイトルも英語で “Buenos Aires Today” となっています

聴覚刺激ポイント:初めて聴いた現代タンゴはバンドネオンの最高峰による1970年代のリアルタイムのタンゴ

私が初めてタンゴを意識的に聴き始めた1970年代半ば (記憶が正しければフルビオ・サラマンカ楽団来日の年なので1975年) に、NHK-FM でこのアルバムのレコードA面全曲+B面1曲目が流れたことがあり、その録音を何度も繰り返し聴いていました。

当時録音したカセットテープの自作ラベル

もともと母親が持っていたレコードがほぼ唯一のタンゴとの接点でしたが (参考:母が好きだったタンゴ)、サラマンカ楽団をやはりラジオで聴いて世界がちょっとだけ広がったのがこのタイミングでした。そこへいきなりフェデリコの当時リアルタイムの現代タンゴと遭遇したわけで、非常に新鮮に感じたのを覚えています。

もっとも、その後通いつめた札幌のレコード店にこのアルバムはしばらく置いてあったものの、限られた小遣いで買うには既に半分テープで持っているレコードは優先度が低く、買わずにいるうちに見つからなくってしまいました。結局、実際に購入して全曲を聴いたのはリリースからずっと後の1990年前後でした (上述の米国盤 CD)。今や Spotify で簡単に聴けるのはありがたいことです。

ただこれ、実は致命的な欠陥があります。一部の曲名が入れ替わってしまっているのです (Spotify のせいではなく、元となった米国盤 CD の表記が誤っているのですが)。具体的には1と6、5と10がそれぞれ入れ替わっています。アナログ盤の各面最初とラストですね。せっかくなので作曲者名込みで正しい順番の曲名を書いておきます。

  1. Vislumbrando (Pascual Mamone)
  2. Norteño (Emilio Balcarce)
  3. Arrabal tanguero (Juan Salomone, Nicolás Parasini)
  4. Fibroso (Teodoro Castro)
  5. Extravío (Osvaldo Requena)
  6. A Ernesto Sábato (Leopoldo Federico, Raúl Garello, Roberto Grela)
  7. Bandola zurdo (Leopoldo Federico, Raúl Garello)
  8. Cautivante (Leopoldo Federico)
  9. Margarita de Agosto (Fuga A3) (Raúl Garello)
  10. En penumbras (Suite tanguera, dos movimientos) (Osvaldo Requena)

メンバーは以下の通りです。錚々たる面々が揃っています。

1-4: Osvaldo Rodríguez, FernandoSuárez Paz, Carlos Arnaiz, Aquiles Roggero, Emilio González, Mauricio Mise, Armando Andrade, José Votti (vn), Enrique Lanoo, Juan Yacuna (vc), Leopoldo Federico, Osvaldo Montes (bn), Osvaldo Berlingieri (pf), Fernando Cabarcos(cb)

5: Leopoldo Federico(bn), Osvaldo Rodríguez(vn), Fernando Cabarcos(cb)

6: Leopoldo Federico(bn), Roberto Grela(g)

7-10: Fernando Suarez Paz,Reinaldo Nichele (vn), Mario Lalli(va),José Bragato (vc), José
Corriale(perc), Leopldo Federico(bn), Fernando Cabarcos(cb), 8のみ Pierre (sax), 10のみ Osvaldo Berlingieri (pf)

1~4は大人数の弦セクションとバンドネオン2台、ピアノ、コントラバスという編成で、パスクアル・マモーネやエミリオ・バルカルセ等の楽曲を演奏しています。アレンジの方向性としては伝統的なタンゴの枠から大きく逸脱していません。オルケスタ・ティピカの手法の延長上にあり、私には非常にバランスの良い現代タンゴに聴こえます。特に2、3は大好きです。

5はバンドネオン、バイオリン、コントラバスという変則的トリオ。オスバルド・ロドリゲスのバイオリンが素晴らしいです。

6はバンドネオンとギターのドゥオ。名手ロベルト・グレーラとフェデリコの火花の散るような演奏はこのアルバムの白眉と言えるでしょう。アルゼンチン文学の巨匠、エルネスト・サバトに捧げた曲です。ここまでがラジオの録音で長年繰り返し聴いた曲。

7~10は1~4よりもコンパクトな弦セクション (弦楽四重奏相当) とバンドネオン、パーカッション、コントラバスを組み合わせ、さらに曲によりサックスまたはピアノを加えて、より現代的なアプローチになっています。曲はフェデリコ、ラウル・ガレーロ、オスバルド・レケーナ等によるもので、フェデリコに近い人々の作品と言えるでしょう。7「左利きのバンドーラ」のバンドネオンは左手のみで演奏されているそうです。9「8月のマルガリータ」はラウル・ガレーロの作品でバロック趣味全開の美しい曲。これらも意義ある演奏とは思いますが、私の好みで言えば1~4の方に軍配が上がります。

なお、現代タンゴを前面に出しながらアストル・ピアソラの楽曲はひとつも含まれていませんが、ピアソラ以外にも当時聴かれるべきタンゴは確実に存在しており、そのような楽曲に光を当てたのがこのアルバムの意義なのかと思います。そういうタンゴに初心者のうちに触れることができたのは幸運でしたし、まさに私の「聴覚」を形成する大きな要素となったのではないかと思います。


もっとも、せっかくフェデリコが光を当てたこのアルバムの収録曲ですが、他の楽団の演奏はほとんど聴いたことがありません。辛うじて私が知っているのは以下の2曲です (いずれも作曲者が関係する演奏です)。

まずは2「ノルテーニョ」。作曲者バルカルセも在籍していたオスバルド・プグリエーセ楽団の1964年の録音です。ちょっと変わった曲想も堂々のプグリエーセスタイルで押し切る!

続いて9「8月のマルガリータ」。作曲者ガレーロの自作自演です。ガレーロはアニバル・トロイロ楽団にも在籍していたことのあるバンドネオン奏者で現代タンゴの重要な作曲家のひとりです。

同じ曲を、今回取り上げたフェデリコのアルバムにも参加していたピアニスト、オスバルド・ベリンジェリの演奏で…と思ったのですが、YouTube や Spotify に上がっている音源がどうも破損しているようで、まともに聴けませんでした。華麗でドラマチックで、ジャズっぽいテイストのピアノもとても良いので、機会があったらぜひ聴いてみてください。


ついでと言っては何ですが、フェデリコの前に接したフルビオ・サラマンカ楽団の演奏も貼っておきます。曲は「チケ」。

普通タンゴの一番基本的なリズムは

チャン・チャン・チャン・チャン

という4つ打ちですが、サラマンカ楽団の基本リズムは

チャチャ・ウン・チャチャ・ウン

というパターンになっています。このリズムの軽妙さがこの楽団の大きな特徴と言えるでしょう。ダリエンソ楽団の花形ピアニストだったという経歴を持ちつつプグリエーセに心酔していたというマエストロ、演奏を聴いても確かにそれぞれの要素が見え隠れする気がします。以前何人かの方から「独立後のサラマンカは中途半端だ」という評価を聞いたことがありますが、私は結構好きなのです。

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