Orlando Tripodi へのオマージュ (2023年1月7日 東京・観蔵院 曼荼羅美術館)
2023年のライブ鑑賞初めは非常に刺激的なコンサートでした。
オルランド・トリポディ (1927-1995) はアルゼンチンのピアニスト、作編曲家、楽団指揮者。高名なピアノ教師ビセンテ・スカラムッツァ (マルタ・アルゲリッチ、オスバルド・プグリエーセ、オラシオ・サルガン等を育てた人) にピアノを学び、1951年にオスマル・マデルナが飛行機事故で亡くなった後の「オスマル・マデルナ象徴楽団」でピアニストを務めたほか様々な楽団に参加、自身の楽団も率いました。日本へも1988年のネストル・マルコーニ率いる八重奏団による「タンギッシモ」のメンバーとして、また自身の楽団を率いて度々来日しています。
そんなトリポディが1974年に四重奏で録音した “Recital” というアルバム (一番下に音源を貼っておきます)を、日本の若きミュージシャンが全曲再現することに挑んだ、というのがこの日のコンサートでした。企画したのは大阪を拠点に活動するバンドネオン奏者、清川宏樹さん。アルバムに収録されている “Cielo noche” という曲を演奏したいと思ったのが発端で、やがて「どうせやるならアルバム全曲やってしまおう」ということになって今回の企画に至ったのだそうです。
でもこれ、勢いでやれるような企画ではありません。何よりアルバムに収録されている曲の編曲がどれも一筋縄では行かない難物なのです。”Recital”でのトリポディの編曲はかなり現代的で、華やかさよりは渋さを感じさせつつも高度な技巧を必要とします。当然譜面など無いので、清川さん自身が音源を聴いて譜面起こしをするところからスタート。かなりいろいろと大変だったことが想像されます。
当日の曲順はアルバムとは異なっており、第一部、第二部それぞれに1曲ずつアルバム外の曲が差し挟まれるという構成でした。特に面白かったのが「ラ・カチーラ」「黒い瞳」「ラ・ギニャーダ」といった古典、及び「宇宙」「天使のタンゴ」「とろ火で」「レスポンソ」といった現代タンゴのスタンダードで、例えば「宇宙」では SF 映画のサウンドエフェクト的な導入が付いていたり、「レスポンソ」の終盤では原曲のバンドネオン変奏がバンドネオンとピアノのユニゾンによる高速かつ技巧的な変奏に置き換わっていたり。編曲における原曲の生かし方と崩し方、乖離のし方にトリポディの個性が遺憾なく発揮されていました。それ以外のトリポディ本人やメンバー等による作品も、上記のような作品におけるアプローチと同じような方向性を感じることができました。
第一部の「インメシダー」、第二部の「オブリビオン」、そしてアンコールの「ゼロ砦」がアルバム外の曲ですが、その中では清川さんが編曲した「オブリビオン」がかなり激しいもので、大柴さんが思い切りディストーションをかけてソロを弾いたのが印象的でした。
全体を通じて、クラシック的な奏法がこれでもかと使われているピアノは小林萌里さんが力演。また大柴拓さんのギターのピッキングの強さが今回のアンサンブルの大きなキーになっていたようにも感じました。単にトリポディの音楽が再現されたことだけでなく、50年近くも前のタンゴが持つモダニズムを現在のミュージシャンが実際に目の前で展開する表現として体感できたことに、大きな意義のあるコンサートだったと思います。
ちなみに清川さんは譜面を起こしてみて、全12曲のどこにもタンゴの4つ刻みの「チャンチャンチャンチャン」という箇所がないことに気付いたそうです。確かに言われてみればその通り。それに対してギターの大柴さんが発した「じゃあなんでこれを我々はタンゴと認識できるんだろうね?」という問いは、我々にとっても考察すべき一つの課題かもしれません。
翌日の水戸での公演の映像が YouTube に上がっていたので貼っておきます。
大柴さん、小林さんによる Twitter へのアップも。
Orlando Tripodi へのオマージュ
日時:2023年1月7日 (土) 19:00〜
場所:東京・観蔵院 曼荼羅美術館
出演者:
曲目:
【第一部】
- La cachila ラ・カチーラ (Eduardo Arolas)
- Cielo noche 夜の空 (Juan Carlos Vallejo, Juan Alfredo Pedernera)
- Ojos negros 黒い瞳 (Vicente Greco)
- Inmensidad インメシダー (Exequiel Mantega)
- Aquel agosto あの八月 (Héctor Ortega)
- Universo 宇宙 (José Libertella)
- Tango del ángel 天使のタンゴ (Astor Piazzolla)
【第二部】
- La guiñada ラ・ギニャーダ (Agustín Bardi)
- Espejismo armónico エスペヒスモ・アルモニコ (Orlando Tripodi)
- A fuego lento とろ火で (Horacio Salgán)
- Oblivion オブリビオン (Astor Piazzolla, art. Hiroki Kiyokawa)
- Responso レスポンソ (Aníbal Troilo)
- Pablo パブロ (José Martínez)
- Tema concertante テーマ・コンセルタンテ (Orlando Tripodi)
【アンコール】
- Bajo cero ゼロ砦 (José Colangelo)
第一部5曲目の「あの八月」は2022年9月に行われた下記のライブでも演奏されて、非常に印象的でした。
トリポディ自身による “Recital” のオリジナル音源はこちらです。
卓球好き、音楽好きです。飲み食い好きが高じて料理もします。2024年ソニーグループ(株)を退職し、同年より(株)fcuro勤務のAIエンジニアです。アルゼンチンタンゴ等の音楽について雑誌に文章を書いたりすることもあります。
なお、当然ながら本サイトでの私の発言は私個人の見解であります。所属組織の方針や見解とは関係ありません (一応お約束)。
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なんとコンサートのタイトルを間違えていました。修正しました。
トリビュート→オマージュ
大変失礼しました。