自分の「聴覚」に多大な影響を与えたレコード (14) Osvaldo Pugliese y su orquesta típica / Noches de San Telmo (オスバルド・プグリエーセとオルケスタ・ティピカ / サンテルモの夜)

Facebook のバトン「自分の『聴覚』に多大な影響を与えたレコード」の補足として書いていたこのシリーズ、11回目以降は日本タンゴ・アカデミー機関誌「Tangueando en Japón」向けに特別延長編として続けています。

今回取り上げるのはこちら。

Osvaldo Pugliese y su orquesta típica / Noches de San Telmo
オスバルド・プグリエーセとオルケスタ・ティピカ / サンテルモの夜
(日本盤:EOS-81178, 東芝EMI, 1978?, アルゼンチン盤:6210, EMI Odeon, 1976)

聴覚刺激ポイント:

  • 来日コンサートを控えてリアルタイムのアーティストとして聴いたプグリエーセ
  • 環境や音量による聴こえ方の違いの体感

オスバルド・プグリエーセ楽団の1976年のアルバムです。日本では1979年の来日公演に合わせて来日記念盤として1978年にリリースされたと記憶しています。

収録曲とメンバーは以下の通り。

A面

  1. Zum スム (アストル・ピアソラ)
  2. Callejerra 街の女 (エンリケ・カディカモ、フロンテ―ラ)
  3. Corrales viejos コラーレス・ビエホス (アンセルモ・アイエタ)
  4. Adiós pampa mía さらば草原よ (フランシスコ・カナロ、マリアーノ・モーレス、イボ・ペライ)
  5. Te quiero 君を愛す (フランシスコ・カナロ)
  6. Para Eduardo Arolas エドゥアルド・アローラスに捧ぐ (オスバルド・プグリエーセ)

B面

  1. Arrabal 場末 (ホセ・パスクアル)
  2. Malena マレーナ (ルシオ・デマーレ、オメロ・マンシ)
  3. Uno ウノ (エンリケ・サントス・ディセポロ、マリアーノ・モーレス)
  4. Poema No.2 (El jubilado) ポエマ第2番 (恩給受給者) (エドムンド・リベロ、ルイス・アルポスタ)
  5. Camandulaje カマンドゥラーヘ (アルフレド・ゴビ)
  6. Callao 11 カジャオ・オンセ (ハビエル・マセア)

演奏:オスバルド・プグリエーセとオルケスタ・ティピカ

  • 指揮、ピアノ:オスバルド・プグリエーセ
  • バンドネオン:アルトゥーロ・ぺノン、フアン・ホセ・モサリーニ、ダニエル・ビネリ、ロドルフォ・メデーロス
  • バイオリン:マウリシオ・マルチェリ、オスバルド・モンテルデ、ラウル・ドミンゲス、エドゥアルド・マラグアルネーラ、エルメス・ペレシーニ
  • チェロ:ペドロ・ビダウレ、ダニエル・プッチ
  • ビオラ:アドリアン・プッチ、メレイ・ブライン
  • コントラバス:フェルナンド・ロマーノ、ドミンゴ・ホセ・ディアニ
  • 歌手:アベル・コルドバ

既に何度か書いていますが、私がタンゴを聴くようになったのは母がタンゴファンだったからでした。その母が最も好きだったのがオスバルド・プグリエーセ楽団。程なく私もプグリエーセ教に染まり、同楽団こそ至上のタンゴ楽団であると信じるようになります。そのプグリエーセ楽団が日本にやって来る!ということで熱烈にそのコンサートを待ち焦がれる中手にしたのが、この『サンテルモの夜』でした。

アルバムの中で特に強い印象を残すのがA面、B面それぞれの1曲目です。A面1曲目はいきなりのピアソラ作品「スム」。今やタンゴ・ショーなどではお馴染みの曲、お馴染みのアレンジですが、当時まだピアソラをタンゴとして聴くことに違和感を持っていた私にとっては、プグリエーセがピアソラをこのような形で取り上げること自体がまず驚きでした。しかも強烈なジュンバのリズムと繊細なソロが交錯する圧巻のプグリエーセスタイル。なかなかの衝撃でした。

B面1曲目の「場末」は文句なしの名演です。迫力ある導入、躍動感あるテーマ、短いながらも絶妙な味わいのピアノソロからなだれ込むように合奏へと突入する快感、郷愁と現代性の共存、等々、魅力を挙げればきりがありません。

これらを筆頭に、「さらば草原よ」「マレーナ」「ウノ」といった有名曲からゴビの「カマンドゥラーヘ」のような渋い味わいの名曲までを、一貫した強固なプグリエーセ・スタイルで聴くことのできる喜び。思えば当時はリアルタイムのアーティストとしてプグリエーセを聴くことができた訳で、翌年のコンサートとあわせて大変幸せな体験をもたらしてくれたレコードでした。

実はもうひとつ、このレコードにまつわる思い出があります。1979年の暮れに、私の父は待望の新居を建て、それまで3DKの狭い団地住まいだった我が家は広い戸建てへと引っ越します。その新居の自分の部屋にステレオを設置し、最初にかけたのがこのレコードの「場末」だったのです。いや、その響きの素晴らしかったこと!団地でステレオが置いてあったのは小さな部屋で、周囲に配慮して小さな音量で聴くかヘッドホンを使うしかありませんでした。新居ではそれまでの倍ぐらいの広さのある部屋で、かなり大きな音量で鳴らしてみたのです。環境や音量で音楽はこんなにも違って聴こえるのか、ということを身を以て体験した、まさに「聴覚」に影響を与えた出来事でした。もっともその時の音量は家族からクレームがついて、その後は同じような音量で鳴らすことはできなかったのですが。

ちなみにその3年後には私は大学進学で上京し、家を離れました。そしてそれから40年が経過した昨年、既に両親が亡くなっていることもあって、家自体を引き払いました。がらんとした部屋で思い出されたのはあの時の「場末」の響き。自分を形成した大事な体験だったことを改めて実感しました。

 残念ながらこのレコードはCD化されておらず、音楽配信サービスでもアルバムの形では聴くことができません。辛うじて4曲だけベスト盤等に収録されていましたので、その4曲を集めてプレイリストにしました。よろしければお聴きください。

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