自分の「聴覚」に多大な影響を与えたレコード (15) Francisco Canaro / Canaro en Japón (フランシスコ・カナロ / 日本のカナロ)
Facebook のバトン「自分の『聴覚』に多大な影響を与えたレコード」の補足として書いていたこのシリーズ、11回目以降は日本タンゴ・アカデミー機関誌「Tangueando en Japón」向けに特別延長編として続けています。
今回取り上げるのはこちら。
Francisco Canaro / Canaro en Japón フランシスコ・カナロ / 日本のカナロ (Odeon 東芝EMI, EOS-80145, 1962)
聴覚刺激ポイント:
最晩年のカナロによる迫力の演奏、カナロ初のステレオ録音による生々しい音
私がフランシスコ・カナロを取り上げるのは意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際、自分から好んでカナロを聴こうと思ったことはほとんどなく、手持ちのレコード、CDもカナロのものは非常に少ないです。
ただ、タンゴを聴き始めたばかりの頃に聴いていた「これがタンゴだ!」のようなレコード (本シリーズ第15回参照) にはカナロも多く含まれていて楽しんで聴いていました。もっとも、多くのカナロファンがカナロの最良の時期とする1920年代よりはだいぶ後の1950年代の録音が中心になります。オルケスタの華麗でシンフォニックでスピード感溢れる演奏、キンテート・ピリンチョの軽快な演奏のいずれもが、タンゴ初心者にとってはとても魅力的だったのです。
そして、自分でレコード店に行ってレコードを買うようになって見つけたのがこのレコードでした。詳細は以下の通りです。
曲目:(カタカナ表記はレコード記載のものから一部変えてある)
A面
- タンゴ・メドレー Cadena de tango
ヌエベ・プントス 9 puntos ~ エル・ポジート El pollito ~ 黄金の心 Corazón de oro ~ カラ・スシア Cara suicia ~ つた (マドレセルバ) Madreselva ~ 最後の盃 La última copa ~ 場末の誇り Nobleza de arrabal ~ 過ぎ来し彼方 Tiempos viejos - 魅せられし心 Lo han visto con otra
- エル・チョクロ El choclo
- カミニート Caminito
- バンドネオンの嘆き Quejas de bandoneón
- 日本のカナロ Canaro en Japón
B面
- ガウチョの嘆き Sentimiento gaucho
- 黄金の心 Corazón de oro
- わたしの町では De mi barrio
- ラ・クンパルシータ La cumparsita
- ジーラ・ジーラ Yira, yira
- フェリシア Felicia
- パリのカナロ Canaro en París
演奏:
- フランシスコ・カナロとグラン・オルケスタ・ティピカ
- バンドネオン:オスカル・バシール、ドミンゴ・スカポラ、アントニオ・ヘルマーデ、ドミンゴ・フェデリコ
- バイオリン:オクタビオ・スカグリオーネ、アントニオ・ダレッサンドロ、ホセ・サルミエント、ベルナルド・ベベール
- コントラバス:アリエル・ペデルネーラ
- ピアノ:オスカル・サビーノ
- 指揮:フランシスコ・カナロ
- キンテート・ピリンチョ (A-3, B-6)
- オスカル・バシール、オクタビオ・スカグリオーネ、アントニオ・ダレッサンドロ、アリエル・ペデルネーラ、オスカル・サビーノ
歌:
- イサベル・デ・グラーナ (A-2, B-3)
- エルネスト・エレーラ (A-6, B-5)
- デ・グラーナとエレーラ (A-4)
1961年12月のフランシスコ・カナロ楽団の来日の際に日本で録音され、翌年発売されたこのレコードは、カナロにとっては初めてのステレオ録音だったのだそうです。確かに1960年代初頭はまだまだモノラル録音のレコードも多かった頃ですね。例えばビートルズのレコードもモノラルで (あるいはモノラルとステレオの2バージョンで) リリースされたりしていました。私自身がこれを聴いたのはずっと後の1970年代後半ですが、それまで聴いていたタンゴのレコードが上述のような1950年代ごろまでの録音中心だったせいもあって、その生々しい音に非常に驚いた記憶があります。特にキンテート・ピリンチョの曲で聞こえるバンドネオンの蛇腹から空気を抜く音に、思わず演奏者が蛇腹を操るさまを想像してわくわくしたりしていました。
収録曲の中では、カナロの自作曲ばかりを並べたA-1「タンゴ・メドレー」がまずは大好きでした。元となる個々の曲についてはまだよく知らなかったものの、聴きどころをうまくつなぐ編曲と全体で一つのストーリーが見えるような構成が見事で、強く惹きつけられるものがありました。他には上述のバンドネオンの息遣いが聞こえるA-3「エル・チョクロ」 B-6「フェリシア」、そして大編成の迫力とスピード感に満ちたB-1「ガウチョの嘆き」B-7「パリのカナロ」が当時のお気に入りでした。オスカル・サビーノのピアノが力強く全体をリードし、オスカル・バシールを始めとするバンドネオン陣がバリアシオンを華麗に決めるところが特に琴線に触れていたように思います。
一方で歌の曲はあまり好みに合わず、カナロによる日本賛歌A-6「日本のカナロ」も、「ハポン、ハポン」という響きこそ面白く感じたものの、曲としては正直なところつまらないと思ってしまったものです。
もっともこのあたりは今聴くと少し感想が変わってきており、イサベル・デ・グラーナのちょっと荒っぽいスタイルで歌われるA-2「魅せられし心」は曲も歌唱もなかなか魅力的に感じます。彼女とエルネスト・エレーラの甘く端正なスタイルが好対照なのも良いですね (でもやはり「日本のカナロ」は私には今ひとつ響くものがありませんが)。他には、バンドネオンのドミンゴ・フェデリコやバイオリンのベルナルド・ベベールのような人が参加しているのを見て今更ながら驚いたりもしています。
ちなみにカナロは1888年生まれで、このレコードが録音された1961年12月の時点で73歳でした。3年後の1964年には亡くなっており、最晩年期に相当しますが、ここに遺された録音は華麗で輝きに満ちています。当時勢いを増していた現代タンゴとは異なる路線ではあるものの、精鋭メンバーを揃えてトラディショナルなタンゴの枠内で最高レベルの演奏を繰り広げたのは、さすが「タンゴ王」カナロであると言わざるを得ません。そして、このような録音をタンゴ初心者の時期に聴くことができたのは私にとって幸いであり、確かに私の聴覚に多大な影響を与えていることを今改めて感じています。
なお、残念ながらこのレコードは現在Spotify等のサブスクリプション型サービスでは聴くことができません。レコードからのダビングがYouTubeにアップロードされていますが、正規なものではないのでここにリンクを貼ることは差し控えます。興味のある方は検索してみてください。
卓球好き、音楽好きです。飲み食い好きが高じて料理もします。2024年ソニーグループ(株)を退職し、同年より(株)fcuro勤務のAIエンジニアです。アルゼンチンタンゴ等の音楽について雑誌に文章を書いたりすることもあります。
なお、当然ながら本サイトでの私の発言は私個人の見解であります。所属組織の方針や見解とは関係ありません (一応お約束)。
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