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500の動機〜行きあたりばったり音楽談議(4)


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はじめに

今回は、前回の予告で提示したテーマのうち「室内楽寄りのタンゴ・グループ」の方を採用して、最近CDを入手した2つのグループに関して書いてみます。簡単に室内楽寄りと括ってしまいましたが、それぞれ異なる個性を持った魅力的なグループです。

室内楽的タンゴ・グループ

斬新な響きのカメラータ・プンタ・デル・エステ (CAMERATA PUNTA DEL ESTE)

「プンタ・デル・エステ」はアルゼンチンの隣国ウルグアイの地名で、大西洋に面した避暑地です。ここを毎年訪れて鮫釣りをしていたピアソラは「鮫」という曲と「プンタ・デル・エステ組曲」というクラシック作品を書いています。前者はもうおなじみですね。後者は冒頭の部分が映画「12モンキーズ」で使われていました。

そんな土地の地名を冠した室内楽アンサンブル「カメラータ・プンタ・デル・エステ」は、ヴァイオリンx2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ、パーカッションの7人編成で、30年以上のキャリアを誇るグループです。実は私はつい最近ようやく初めて彼等のCD"POR LA VUELTA" (TESTIGO, TT 10117, USA 盤)を入手したばかりで、そんなに詳しく彼等のことを云々できる状況にはないのですが、とにかく内容の良さに感激しています。

彼等の演奏は、まず斬新なその響きに特徴があります。弦とピアノの作り出す和音が何とも不思議に響いて、旋律の美しさを際立たせているのです。そして、華やかなピアノのパッセージと弦のアンサンブルが交錯しながら主題を展開して行くうちに、しばしば原曲の旋律はどこかに行ってしまったりもします。これはジャズのような即興によるものではなく、また旧来のタンゴの手法とも一線を画していて、強いて言えば「変奏曲」の感覚でしょうか。それでいて流れはあくまで自然で、タイトル曲「めぐり逢い」をはじめとして「花咲くオレンジの木」「酔いどれたち」やピアソラの比較的珍しい曲「セーヌ川」など、とにかくその美しさは他に類を見ません。

原形を留めない形にまで解体された超有名曲「ラ・クンパルシータ」も面白く、メンバーの作品もそれぞれ個性的。またリズム面でも、ピアノとコントラバスによるタンゴ的なビートが主張すべきところではしっかりと主張しており、さらに曲によって効果的にパーカッションが使われています。特にミロンガやウルグアイ特有のカンドンベの乗りはさすが彼等ならではのものです。

弦の響きとピアノの音色の好きな方はきっと気に入るアルバムだと思います。

500の動機〜アンサンブル・ヌエボ・タンゴ (ENSAMBLE NUEVO TANGO)

私の西和辞典には"ensamble"が出ていないので、果たして仏語由来の単語として「アンサンブル」と読むのが正しいのか、スペイン語風に「エンサンブレ」と読むのが正しいのかよくわかりません。とりあえずここではアンサンブルとしておきます。

というわけで、アンサンブル・ヌエボ・タンゴ。彼等のことは全然知らなかったのですが、たまたまCD店で見つけて買った1枚が非常に興味深いものでした。編成はヴァイオリン、オーボエ、ギター、チェロ、コントラバス、ピアノ、パーカッション&ドラムの7人。件のCDは"500 MOTIVACIONES" (CEYBA, VE-C-0078-2, スペイン盤)で、このタイトルはコアなピアソラ・マニアなら「むむむ」と唸るところなのですが、それについては後程述べます。

メンバーはアルゼンチン出身者を中心に、レバノン人、スペイン人が加わった構成です。クラシックの教育を受けてきた若手の実力派ばかりで、タンゴに関してはピアソラに強い影響を受けているようです。全体に技巧面ではクラシックがベースながら、曲の構成などは先のカメラータ・プンタ・デル・エステに比べるとはるかにジャズ、フュージョン的で、あまりタンゴらしくはありません。

このグループの特徴は何といってもオーボエでしょう。普通はタンゴには滅多に使われない楽器ですが、ここでは何度も主旋律を担当しており、効果的に響いています。ヴァイオリンはあまりタンゴ的な濃さはないものの素晴らしい音色で、オーボエともどもグループの声として重要な役割を担っています。そしてもう一つのポイントがギター。使われているのはナイロン弦のクラシックギターですが、その場その場でクラシカルになったりフュージョン的になったり、と全体の色彩を決めるのに大きな役割を担っています。

曲はギターのフェルナンド・エゴスクエの作品が5曲、チェロのオスカル・グロッシの作品が1曲、そしてピアソラの作品が4曲。オリジナル曲はやはりピアソラの影響が感じられますが、同時に彼等ならではの美的感覚も活かされています。オープニングの「ビエホス・アイレス」など、叙情的な旋律から徐々にヒートアップして、中盤からはかなりのスピード感と迫力に満ちた演奏になっています。

ピアソラ作品としては、まず「ブエノスアイレスの冬」の旋律がオーボエにぴったりなのに驚かされました。激しい部分は抑えて美しさを前面に出した演奏です。「ブエノスアイレスの夏」は比較的オーソドックスながら、2拍、4拍にアクセントを置いたギターのカッティングに特徴があります。ロック、ポップスの感覚ですね。「アディオス・ノニーノ」も非常に美しく、感動的です。

そしてもう1曲が問題の"500 MOTIVACIONES" =「500の動機」です。ギターのカッティングが印象的で、スピーディーな展開に乗って各楽器のソロがフィーチャーされ、非常に聴き応えのある演奏となっていますが、ピアソラ作品としては最も知られていない曲の一つで、ピアソラ自身正規の録音は残していません。斎藤充正氏の「アストル・ピアソラ 闘うタンゴ」(青土社)によれば作曲されたのは1976年、ピアソラがイタリアでロックやジャズ、フュージョンに接近した活動を行っていた時期になります。元々は全20分、500小節にも及ぶ大作とのことですが、ここでは7分34秒とだいぶコンパクトになっています(それでも十分聴き応えがあります)。同書によれば1985年にピアソラはヌエボス・アイレス(Nuevos Aires)なるグループにこの曲のスコアを渡し、同グループが1991年にMelopeaレーベルに録音を行っているそうですが、現在入手可能なこの曲の音源としては今回ご紹介しているものがおそらく唯一でしょう。

今回のCDのライナーにはさらに、ギターのエゴスクエとドラム&パーカッションのアンディ・アエヘルテルが当時ヌエボス・アイレスに在籍していたこと、ピアソラ自身からヌエボス・アイレスにこの曲のスコアが渡されたのはピアソラがブエノスアイレス名誉市民を授与される時で、記念式典(「闘うタンゴ」の記述によれば1985年12月2日、サンマルティン将軍劇場にて)で演奏するよう依頼されたこと、などの記述があります。何やらいろいろなドラマが感じられますね。

さらに興味深いのがこの曲の作られた背景です。「ジャズ・ライフ」1997年7月号(立東社)の「ピアソラとジャズ」という特集で、やはり斎藤充正氏が書いた「タンゴの革命者、ピアソラの音楽とは?」という記事において、その末尾に

また、この時期の作品でレコードになっていないものの一つに「500の動機」という曲があるが、ピアソラによるとこの曲は、チック・コリア(p) (時期的にはリターン・トゥ・フォーエヴァーを指すのだろう)に影響されて書いたものだとのことだ。

という記述があります。なんと、チック・コリアにまでつながってしまうのです。もちろん単純にスタイルのコピーが行われているわけではなく、フレーズはやはりピアソラならではのものがありますが、細かい譜割りのキメの部分などは「そう言われてみるとそうかも」と思わせるものがあります。

というわけで

室内楽的編成の興味深いタンゴ・グループということで、カメラータ・プンタ・デル・エステとアンサンブル・ヌエボ・タンゴをご紹介しました。2つのグループの音楽性はかなり異なり、特に後者の音楽性は室内楽というよりもアコースティック・フュージョンですが、両方とも非常に充実した内容ですので、機会があったらぜひ聴いてみて下さい。歴史的に見ても室内楽的編成によるタンゴというコンセプトのグループは沢山ありますので、いずれまたそれらについても取り上げてみたいと思っています。

さて次回は、ピアソラが「500の動機」を作るほどに触発されたというチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーについて書いてみようと思います。いよいよタンゴから脱線ですね。

(2002年5月15日作成)

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