アグリの弦楽アンサンブル「コンフント・デ・アルコス」のオリジナル・アルバム3枚がソニー・クラシカルからCDとして復刻されました。別ページに詳細情報があります。→本文中の対応箇所
タンゴの名バイオリニスト、アントニオ・アグリが1998年10月17日、癌のため亡くなりました。66歳でした。
アグリは1932年アルゼンチンのロサリオ生まれ。15歳でプロのバイオリン奏者として演奏活動を開始し、いくつかのグループを経て1962年にアストル・ピアソラの五重奏団に参加、その後1976年まで常にピアソラと共に活動していました。また多くのタンゴ楽団の録音に参加したほか、自身の弦楽オーケストラ、バンドネオン奏者ファン・ホセ・モサリーニとの五重奏団、ピアニストのオラシオ・サルガン等とのヌエボ・キンテート・レアル等でも活躍していました。1999年1月にはモサリーニとの五重奏団で来日も予定されていました(公演は息子のパブロ・アグリが参加して予定通り行われるとのこと)。
彼の澄んだ音色がもうステージでは聴けないかと思うと、今でも悲しくなってしまいます。「凛とした」という言葉の似合うバイオリンを弾く人でした。一方でステージで見せる表情などはどことなく飄々としたところもあり、そこがまた魅力でもありました。
幸いにしてアグリの名演の数々は、比較的入手しやすいCDで聴くことができますので、以下にそれらを紹介します。なおCD番号に関しては、現在最も入手が容易と思われるものを載せてあります。従って、必ずしも私が所持しているものとは一致していません。ご了承ください。
まずは何と言ってもピアソラのグループでの数々の名演を聴かなければ話になりません。アグリがピアソラ五重奏団に初めて参加したアルバムは1962年の『われらの時代』ですが、つい最近(1998年12月)これと1963年のアルバム『ある街へのタンゴ』が1枚のCDに収められて『キンテート“ヌエボ・タンゴ”』(EPIC, ESCA7400)として国内発売になりました。当時一般にはそれほど知られていない存在であったアグリが、みずみずしくも素晴らしい演奏を披露しています。
その後も数々のアルバムで名演を繰り広げるアグリですが、個人的には1969年の名盤『アディオス・ノニーノ』1(Astor Piazzolla y su quinteto -- Adios Nonino, Trova, CD-404)が忘れられません。ピアソラの最も有名な曲であるタイトル曲ももちろんですが、「コラール」という曲が地味ながら非常に美しく、深い音色が心に響きわたります。
ピアソラが尊敬するタンゴのバイオリン奏者、楽団指揮者の一人にアルフレド・ゴビという人がいます。この人に捧げた「ゴビの肖像」もアグリの忘れられない演奏のひとつです。先ごろ(1998年秋)に国内でも再発になった『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970』(BMGジャパン, BVCM-35001)で聴くことができます。
そしてもう一人、タンゴ史上最高のバイオリン奏者の一人で、ピアソラ五重奏団におけるアグリの前任者でもあったエルビーノ・バルダロという人にも、ピアソラは「バルダリート」という曲を捧げています。この曲は9人編成による究極のアンサンブル「コンフント・ヌエベ」というグループで演奏されていますが、ここでのアグリの演奏がまさに絶品、彼の生涯最高の演奏と言って良いかもしれません。コンフント・ヌエベは1971年〜1972年に2枚アルバムを出しており、このたびBMGジャパンから2枚組CD『バルダリート』(BMGジャパン, BVCM-37003~04)として復刻リリースされました。
アグリ自身は1976年にピアソラの元を離れてから、弦楽アンサンブルという形態のグループを結成し、これが彼の生涯のレギュラーグループとなりました。残念ながら私自身はこのグループ単独でのレコード、CDは所持していませんが(注)、後述する『会話』『プレイズ・ピアソラ』にはこのグループでの演奏も収められていますし、ソニーからのタンゴ名曲集『ベスト・オブ・タンゴ』(SONY, SRCS 8347)にも「想いのとどく日」が収められています。
アグリの名義では、さまざまなゲスト奏者とデュオ、トリオなどの小さな編成を主体として名曲の数々を演奏したアルバム『会話』2(La conversacion, Melopea, CDMSE-5057)-1994年-、『友との語らい』2(Conversacion con amigos, Melopea, CDMSE-5084)-1995年-がリリースされています。いずれもアグリの美しい音色がたっぷりと聴けます。
1997年には、最も大切なパートナーであったピアソラに捧げるアルバム『プレイズ・アストル・ピアソラ』2(Agri saluda a Piazzolla, Melopea, CDMSE-5111)が作られました。前2作同様、小編成での演奏をメインに、ピアソラの名曲の数々を愛情をこめて弾き切った作品です。
注:この文章を書いた後の1999.4.21にソニー・クラシカルから弦楽アンサンブルのオリジナル・アルバム3枚が一挙復刻されました。快挙に拍手を送りたいと思います。詳細情報は別ページ「ソニーからタンゴのCDが一挙8枚」をご覧ください。
他のタンゴ演奏家との共演、共作では、現在フランスを拠点に活動しているバンドネオン奏者フアン・ホセ・モサリーニとの「モサリーニ&アントニオ・アグリ タンゴ五重奏団」が最も重要でしょう。1994年以降たびたび来日して、非常に内容の濃いコンサートを行ってきました。彼らの唯一のアルバム『エンクエントロ』(クレプスキュール・オ・ジャポン, CAC-0028)も、全編を貫く緊張感が圧倒的な、まさに「今」のタンゴを感じさせる強烈なインパクトを持った作品です。
作曲家でピアニストのグスタボ・フェデルも、近年アグリとの共演が多かったそうです。1995年のクラシック的なアルバム『バイオリンとバンドネオンのオーケストラ作品』2(Obras para violin, bandoneon y orquesta de Gustavo Fedel, Melopea, CDMSE-5081)には「バイオリンとオーケストラのための無言歌」が収められています。
ピアニストのオラシオ・サルガン等との「ヌエボ・キンテート・レアル」は超重要グループですが、不覚にも私はCDを持っていません。
この他、録音に参加したグループは数え切れないほどあるそうですが、つい最近のものとしては、80年代にピアソラ五重奏団のピアニストだったパブロ・シーグレルの『アスファルト』(BMGジャパン, BVCF-31009)で「アディオス・ノニーノ」に、若手の四重奏団「プレセンシア・タンゲーラ」の『ポル・エソ…』2(Melopea, CDM 130)で「チャウ・オスバルド」に、それぞれゲスト参加しています。