今回は、前々回の続きで、リターン・トゥ・フォーエヴァーとチック・コリアについての後編です。
前作"WHERE HAVE I KNOWN YOU BEFORE" (銀河の輝映)と同じく1974年に録音された"RETURN TO FOREVER featuring CHICK COREA/NO MYSTERY" (Polydor、827 149-2、USA盤)は、それまでの宇宙指向のミステリアスなコンセプトからの方針転換を示唆するタイトルにまず興味を惹かれます。内容はバラエティに富んでいて、前半(たぶんLPのA面全部)はファンキー路線まっしぐら。特に"SOFISTIFUNK"はピコピコサウンドのエレクトロポップ的なファンクナンバー、また"EXCERPT FROM THE FIRST MOVEMENT OF HEAVY METAL"は、ヘヴィ・メタル第1楽章より抜粋、といった意味でしょうか(国内盤では何て表記されてるんだろ)。コンチェルト風の豪華絢爛なピアノからギンギンのロックへとなだれ込む曲ですが、題名からしてRTF流のユーモアとパロディでしょう。一方、アルバム中盤(LPではB面トップかな?)に配された"NO MYSTERY"は全員がアコースティック楽器でバトルを繰り広げる、スパニッシュ風味溢れる曲で、続く"INTERPLAY"はチックとスタンリーの2人による、アコースティックでの文字通りのインタープレイ。この2曲のアコースティック・アンサンブルはこれまでのRTFのアルバムにはなかったもので、このアルバムを特徴づけるものと言えるかもしれません。特に"NO MYSTERY"は美しく起伏に富んだ名曲で、後年アル・ディ・メオラが"AL DI MEOLA/WORLD SINFONIA" (TOMATO、R2 79750、USA盤)で、チックが"CHICK COREA & GARY BURTON/NATIVE SENSE (チック・コリア&ゲイリー・バートン/ネイティヴ・センス、STRETCH/UNIVERSAL、MVCL-24003)で、それぞれ再録音しています。アルバムのラストは、エレクトリックな編成によるやはりスパニッシュ風の大作"CELEBRATION SUITE Part I/II"で締め括られます。
第2期の最後を飾るのが、1976年録音の"ROMANTIC WARRIOR" (浪漫の騎士、CBSソニー、25AP55、日本盤LPのみ所持)です。ネヴィル・ポッターの同名の詩をモチーフとしたトータル・コンセプト的アルバムで、非常に緻密で完成度の高いものとなっています。1曲目の"MEDIEVAL OVERTURE"から極めて技巧的で複雑な曲が並ぶ一方、唐突にユーモラスなフレーズが現れたりもします。聴きどころは前作同様のアコースティック・アンサンブルによる"THE ROMANTIC WARRIOR"、ラストのドラマチックな大作"DUEL OF THE JESTER AND THE TYRANT PartI/II)"でしょう。
このアルバムで、第2期の4人編成RTFによる音楽は行くところまで行ってしまった感があります。チック自身完全燃焼したようで、一旦RTFは解散となります。
しかしながら、CBSとの契約の問題などがあったようで、RTFとしてさらにアルバムを作る必要が生じます。とはいえチックとしてはもはや同じ路線ではやりたくない。そこで、ブラス・セクションを加えたビッグ・バンド型のRTFが新たに結成されます。チック、スタンリーの他は、チックの妻でもあるゲイル・モラン(vo)、第1期でも重要な役割を演じていたジョー・ファーレル(sax, fl)が参加、他にブラス、ドラムで計9名の編成となるのです。
アルバム"RETURN TO FOREVER/MUSICMAGIC" (COLUMBIA, CK 34682, USA盤)はこの編成での最初にして唯一のスタジオ録音アルバム。ブラスの響きとシンセの融合は新鮮で、エレクトリックでソリッドな第2期に比べると随分と温かいものが感じられます。第2期では全く存在しなかったヴォーカルが復活したことも温かさを感じさせる要因でしょう。しかも、ヴォーカリストのゲイルに加えてスタンリーのヴォーカルも大きくフィーチャーされているのです(これがまた上手いのですよ)。"HELLO AGAIN"のようなバラードも良いのですが、"MUSICMAGIC"、"SO LONG MICKY MOUSE"、"THE ENDLESS NIGHT"などでのアンサンブルとソロの交錯による展開は素晴らしいものがあります。
そして、RTFとして本当に最後となるアルバムが、さらにロン・モス(tb)を加えた10人編成でのライブ録音"RETURN TO FOREVER/LIVE THE COMPLETE CONCERT (リターン・トゥ・フォーエヴァー/ザ・コンプリート・コンサート、SME、SRCS 9542-3、2枚組)です。発売当時はLP4枚組というすさまじいボリュームで、現在はCD2枚にいっぱいいっぱいで収められています(あれ、1枚目の方に2曲ほどedit versionという表記があるので、もしかすると短縮されている?)。CD1枚目はアルバム"MUSICMAGIC"からの楽曲中心、2枚目はスタンダードやRTFの他のアルバムには収められていないチック、スタンリーの作品(書き下ろし?)になります。量、質ともに圧倒的で、通して聴くにはそれなりの体力を要しますが、単なるソロ回しに終始しない多彩な展開による目眩く世界は、聴く者を引き付けて止みません。
そして、このアルバムを最後に、今度こそRTFは完全に解散となります。
第4回の最後の方で述べたように、ピアソラはチック・コリアに触発されて「500の動機」という素晴らしい作品を書いています。これが今回RTFの話を書く発端となったわけですが、それではアストル・ピアソラとチック・コリアの関係を少し見てみましょう。
ピアソラは、1982年に行われたインタビューで、フリー・ジャズは嫌いだと述べた後、チックについてこう語っています。
チックは別の世界だね。より知的な音楽だ。私のやっていることも、いくぶんチックに近いと思うよ。だから、チック・コリアやハービー・ハンコックや、バルトークやストラヴィンスキーの好きな人はアストル・ピアソラが好きだ。それがアルゼンチンの若者なんだよ。
【「中南米音楽」1983年1月号「アストル・ピアソラインタビュー」(きき手:高場将美)より/同インタビューは「ピアソラタンゴの名盤を聴く」(斎藤充正、西村秀人・編、立風書房)にも再収録されています】
ちなみに「500の動機」が書かれたのは1976年ということですから、RTF第2期の終わりの方ということになります。ピアソラ自身、イタリアで現地ミュージシャンとアルバムを制作する傍ら、アルゼンチンのロック、ジャズ世代の精鋭たちとコンフント・エレクトロニコというグループでライブ活動を行っていた時期だけに、"NO MYSTERY"や"ROMANTIC WARRIOR"のエレクトリックな編成による緻密なアンサンブルに触発されるものもあったのでしょうね(もっともこの時期、RTFとは別にチックのソロ名義でもアルバムが出ているので、こちらの影響もあったのかもしれません)。
チックのRTFに触発されてピアソラがコンフント・エレクトロニコに曲を書いたように、ピアソラのコンフント・エレクトロニコに触発されてチックは後年エレクトリック・バンドを結成…なんてことはさすがにありません(あ、ばかなこと書いてすみません)。
が、チックもピアソラのことはしっかりと意識していたようです。実際には果たせなかったものの、ピアソラに作曲を委嘱していたようですし(「ジャズ・ライフ」1997年7月号(立東社)「ピアソラとジャズ」での斎藤充正氏の記述による)、ピアソラが亡くなった時には「ロスト・タンゴ」という曲を作ってピアソラに捧げており、自身がピアノとプロデュースで参加しているエディ・ゴメス(b)のアルバム"EDDIE GOMEZ/NEXT FUTURE" (エディ・ゴメス/ネクスト・フューチャー、STRETCH、MVCL 17009)に収録されています。もっともこの曲、メロディーは美しいものの、タンゴのリズムについては本質を捉えているとは言い難いものがあります。
さらに、1996年にブエノスアイレスで行われたピアソラに捧げるコンサート"ASTORTANGO"に参加し、自作の他「リベルタンゴ」をソロで演奏しています。ビデオ"ASTORTANGO - PIAZZOLLA Y EL JAZZ" (BMG, 74321 42339-3, VHS-NTSC)でこの演奏を見聴きすることができますが、これまた原曲を思い切り解体してしまった演奏で、ピアソラ・ファンから見ると好みは分かれるでしょう。
2回に分けて、リターン・トゥ・フォーエヴァーを中心にチック・コリアのことを書いてみました。ピアソラとのつながりとしては、RTF第2期のギタリストであるアル・ディ・メオラや、チックの盟友ゲイリー・バートンの方が、チックよりも一層重要な位置にいますが、こちらに発展するとキリがないので、今回はこの辺で。またそのうちディ・メオラあたりを攻めて見ようかな、などとは思っていますので、気長にお待ちください。
さて、これを書いている時点では明日になりますが、7/4はピアソラの命日です。今年は没後10周年になるのです。というわけで、次回以降今月いっぱいはピアソラ関連のことを「行きあたりばったり」に書いてみようと思っています。
(2002年7月3日作成)